学問・資格

国家資格

 資格や免許に関して全く縁の無かったσ(^^;
 社会人になってからも、持っている公的な免許・資格が唯一普通自動車免許という時代が10年以上続きました。

 その後、社会情勢の変化により、先ず職長の資格が必要となり職長教育を受けたのが2002年、次にクレーン操作(5t未満)の資格が必要(注)となり講習を受けて資格を取ったのが2003年

注:以前はこの資格が必要なんて認識さえなかった。だって、あれがクレーンなんて誰も思っていなかったから。

 一方で、社内資格については、うちの部署で信号取り出し作業に必要な資格を全て持っているのが当方のみで、ケーブルのアンプ処理を一人でやって次の日右手の握力が無くなるなんて事もありました。

 そんなσ(^^;ですが、2001年から2005年までの馬鹿忙しい期間を乗り切り時間に余裕が出来たことと、「国際化」という会社及び職場の方針により、初めての国家資格を取るべく勉強を始めることにしました。これが、2006年の2月の事

 此処で所得を目指した国家資格は、技術畑の国家資格のトライアスロンとも言われており、当方が所得可能な技術系の資格の中で最も難しいものである「技術士」です。

 2006年に受験した一次試験は、F1日本グランプリと日程が重なり泣く泣くF1観戦をキャンセルして受験。
 まあ、こちらは基礎科目さえ何とかすれば、適正科目と専門科目は楽々パスと思っていましたが、基礎科目の合格点を60%以上と勘違い(実際は基礎40%以上且つ、基礎(15点満点)及び専門(50点満点)の合計が50%以上(33点以上)で合格→基礎も専門も50%以上取っておけば問題なし)していて、いざ受験して見てこりゃ駄目かも知れない(15問中解析の3問は最初から捨てていたので、合格点を60%とすると実質12問中9問正解が必要となりさすがに其処までは自信がなかった)と思ったものでした。
 結果としては、適正は合格点の50%を楽々クリア、基礎も何とか50%以上の点数を取り、専門で80%前後の点数を稼いだので、無事1次試験を合格となりました。

 さて、次は2次試験ですが、技術士の2次試験は筆記試験と口答試験の2本立てで、そのうち筆記試験は命題に対する技術的回答をひたすら書くという、極めてハードルの高いものとなっております。特に専門分野は時間配分及び文章量の配分をその場で決めて取り掛からないと時間が足りなくなるor文章を纏められなくなる可能性が極めて高く、この辺が国家試験のトライアスロンと揶揄されているのかと思われます。
 2次試験対策として、ほぼ毎晩1時間程度を自分の専門分野に関する技術論文の練習にあてて受験対策としました。幸か不幸か、ネット上にはネタが豊富で技術論文の練習には事欠きませでした。

 2007年夏に2次試験:筆記試験を受験
 問題を選んでいる時間さえ惜しい状態なので、共通科目及び選択科目とも、出題の最初から順番に必要な数だけ回答していく形としました。
 受験した感想をうちの奥さんに「得意分野が出たので多分大丈夫だと思う。但し出題者の意図を思い切り勘違いした(大ハズレ)の可能性も有り」と告げました。まあ、何も考えずに、出題順に回答していく形の結果的には行き当たりばったり状態の対応ですから、感想もこんな感じかとヾ(^^;

 忘れた頃に2次試験:筆記試験の合否通知がやってきました。
 封筒から地図の書いた紙が透けて見えたのでその時点で、地図=次の口答試験の受験場所→筆記試験は合格を確信
 封筒を開けると、予想通り合格通知でした。

 この時点で、当方が所属する部門での2次試験:筆記試験の合格者は2名で、残りは討ち死に。この時点で国際化に向けて部署に所属する全員が技術士を取るという壮大な計画は何処に行くのか?先行きが見えない状況に
 まあ、国家試験のトライアスロンといわれている技術士ですから、世の中そう上手く行く訳無いと思ったのですが、計画を立てた当時は課長も1次試験を無事合格していましたから、何とかなると思っていたのでしょうね。

 さて、残るは口答試験です。
 この時点で、筆記試験をパスすれば口答試験は楽勝と思っていたσ(^^;ですが、世の中そう甘く有りませんでした。

 さて、口答試験当日
 敦賀から東京・渋谷の試験会場には当方の口答試験の時間の40分前に到着する様に列車を手配していたのですが、いざ敦賀駅に着くと、北陸本線の踏み切り故障により各列車が遅れている状態、σ(^^;が乗るべきしらさぎ号も前の列車が遅れている関係から、敦賀駅到着は10分以上遅れるとの事。となると、米原駅で接続するひかり号には乗れない(JR東海はJR西日本の接続列車の遅れを考慮してくれない為)事に。
 米原に停車してくれるひかり号は1時間に1本しか無いので、次のひかり号に変更すると試験会場には間に合わない計算に
 慌てて東京方面に着く最速列車を調査して、米原からこだま号に乗り、名古屋からのぞみ号に乗り換える様に切符を変更。更に試験会場に列車延着により口答試験の時間に到着できない可能性が有る旨連絡をする。
 さて、名古屋からのぞみ号に乗ってふと、米原に停車するひかり号は品川に止まらないが、こののぞみ号は品川に停車するから此処で山手線に乗り換えて渋谷に向かえば、15分以上の時間短縮となり、会場に指定時間の5分程前には到着できることに気づく。
 実際に品川での乗り換えにより無事指定時間前に会場に到着。事前に電話で連絡していたおかげで、受付処理もすぐに対応してくれて何とか予定時間から口頭試験を開始できることになりました。
 しかし、この時点でσ(^^;の頭は半分パニック状態。口答試験の出だしから躓く状態に
 口答試験の予定時間を15分オーバーして何とか終了。
 この時点で、こりゃ駄目だ!又来年2次試験を筆記試験から受けなおしと思いつつ、友人と忘年会を実施

 また、忘れた頃に1枚の封筒が到着
 今度は、不合格の通知でしょ!と思いつつ封を開けると、中の紙には「合格」の文字が・・・・・
 狐にだまされた感じです。

 結局、当方が所属する部門で技術士の2次試験を無事合格したのは当方のみという結果となりました。

 その後、技術士の登録手続きを実施して、無事「技術士登録証」を受け取りました。
 これで、晴れて国家資格の有資格者となりました。

 当方の分野は、仕事上技術士の有り・無しは全く影響しないのですけどね。
 とりあえず、これで技術屋としての面子は保った。当分の間は資格を取れと言われなくて済む。程度でしょうか?

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嘘だろ・・・・

 ここ数年のお仕事の忙しさが一段落したので、奮起して技術士の資格を取るための勉強を始めることに。
 しかし、技術士の資格を取るため(二次試験を受けるための資格)の実務経験7年or技術士補として技術士を補佐して4年って長いんじゃない?とか、思っていたら実務経験については過去に遡って有効だったのね(^^;A
 とりあえず、σ(^^;の場合1次さえ通れば直ぐに2次受験の資格が出来るわけだヽ(^^)ノ

 まあ、そういうことで、次に一部試験免除の為の書類(大学卒業証明書)を郵送してもらうための方法を調べに母校の学部のWebを見たら、何とσ(^^;の出身学科が無くなっていた(/_;)

 実際には他学科と統合したらしいのだけど、ちょっとショックです。
 まあ、σ(^^;の頃でさえ出身学科からその道に進む人って1割も居なかったのは事実なんですが。

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